出会い系

くちびる等に「梅毒」の病変部分がある場合は キスでも感染します

梅毒には 予防接種(ワクチン)がありません

梅毒の起源1494年にフランス王シャルル八世が外国人傭兵で編成された軍隊を率いてイタリアに入り、大晦日にローマに侵攻、1495年2月22日にナポリに入る。5月12日にフランス王がナポリに入るが1週間後にはスペインの援軍と民衆の敵意によりフランスへ去る。その後、流行した疾患をフランスではナポリ病と呼び、イタリアではフランス病と呼んだ。アメリカ起源説クリストファー・コロンブスはスペインのセビーリャに1493年3月31日に帰還。4月20日には連れて帰ってきた、6人のインディアンと数匹のオウムとともに、バルセロナに凱旋入場。ただし乗組員には病気を持ち帰ったという記述はない。アントニオ・デ・トレスによる輸送船団により、1494年に26人、1495年の春の初めには約300人のインディアンの男女がスペインに連れてこられた。第2回の航海の帰還は1496年6月。 梅毒の流入源としては、1510年の三浦の乱以降、明国の南部を荒らしまわっていた倭寇が外地の港の遊興の地で梅毒に感染して日本の港の遊女に感染させた。また、博多や堺の商人や琉球人たちに明国などから移入されたと考えられている。(2-p19)日本における梅毒の最初の言及は「シナ潰瘍」という命名のもとで1512年の医学概論書に登場する。「永年9年のこの年膿が滲み出てくる潰瘍が多く発生しているが、膿疱の形や逆さにした花の形の潰瘍は非常に珍しい」(武田昌慶)中国の医学書での記載はしばしば「李毒」、「李潰瘍」と記載され、日本でもまもなくその名が採用された。 (1-p85)その他、唐瘡、琉球瘡、南蛮瘡と呼称された他、皮膚病変の形や色から楊梅(やまもも)瘡や黴(かび)瘡、天疱瘡とも呼ばれた。単純に瘡(かさ)とも呼ばれ、遊女がかかった場合には別に鳥屋(とや)とも呼んだ。江戸時代には湿毒、唐瘡などの呼称があったが、明治以降は花柳病という呼称が普及する。18世紀後半から顕著になる。この呼称は梅毒を娼婦と下層社会に巣くう病とみなす病気観が社会に定着していったことを象徴していると考えられる。(2-p62)名称の起源梅瘡の同義語としてsyphilisが使用されるのは、エラスムスが作品(Erasme, seu conjugium impar, 1524)の中で梅毒と結婚に関する問題を取り上げた時が最初とされる(1-p107)。哲学と医学を学んだジローラモ・フラカストーロ(1483-1553年)の作品「シュフィリスあるいはフランス病…」はラテン語の長編詩で、1530年に出版され、16世紀当時に百余りの様々な版を数える一大ベストセラーとなる。「太陽を攻撃してその祭壇をひっくり返すと同時に自分が世話をしている羊の持ち主アルキテゥス王を誉めそやす羊飼いのシュフィルスの物語。彼を罰しようとして太陽神が性病を彼のもとに送り届けると、周りの村の住人達は最初にこの病気にかかった男のことを思い出して、シフィリスという名をこの性病につける。」これがsyphilisの起源となるが、18世紀末まで医者も民衆にならって梅瘡(ヴェロール)を用いた。(1-p87)医学論文でもsyphilisの用語を用い始める(These medecine Caen (1772) de Joanne Francisco Renato de Parfourru 水銀剤の抗性病効果を算定するためにその可溶性を考慮しなければならないか等 1-p122)性病としての記載フランスのジャック・ド・ベタンクールは1527年に梅瘡について論じ、病気に与えられた様々の呼称を論じた後、原因でもって呼ぶことを初めて提案し「性病」(morbus venereus)という言葉を使用する。定義は「性病は性の交わりとそれによる感染が原因と認められる病態である。最初生殖器や感染のあった蕪茯に生じてくる潰瘍によって明らかになる。続いて体液、とりわけ粘液と精液が変質し、発疹、腫瘍、潰瘍それから痛みでもってそれとわかる」

梅毒が増えた背景のひとつに、過去の性感染症で症状があまり知られていない。というのがあります。梅毒は過去、江戸時代に流行し恐れられていましたが、ペニシリンが開発されて以降、急激に患者数は減って息をひそめました。そして現在まで梅毒は過去の性感染症として扱われたため、梅毒がどういう病気かよくわからないという人が増えていて、自分でも気づかないうちに感染し、そのまま治療せず周りへ被害を拡大している。といったことが急増の原因のひとつともいわれています。

しかし、梅毒の病変部は感染力が高く、患部から分泌される分泌液等には数多くの梅毒トレポネーマが検出されます。

梅毒がお風呂やプールに一緒に入ることでうつることは、ほとんどありません。
感染者が使ったお風呂の椅子をすぐ使う、といった限定的な状況でない限り感染する可能性は低いです。しかし、可能性がないとは言えません。

梅毒患者がHIVを合併して発症すると、梅毒の進行が早まります。

性行為によって、梅毒トレポネーマが粘膜に感染することで引き起こされます。

大阪での梅毒感染報告数は、2010年の57件から、2017年の847件へとの7年間で約15倍に増えました。特に女性は20歳代を中心に増加し、55倍以上と急増しています。

一旦梅毒の治療が完了しても、再感染をおこす可能性があります。適切な予防策をとらないと繰り返し感染する恐れもあるため、注意しましょう。

感染時に他の性病にかかっている可能性があります。梅毒やクラミジアといった性病にかかっていると、粘膜が炎症状態になっており、免疫力が低下しています。
そのため、他の性病にもかかりやすい状態になります。

梅毒に感染すると年月をかけて症状が変化していきます。
現在では末期まで症状が進行するまで放置されることは少なくなりましたが、放っておくと命にかかわる危険な病気です。

梅毒には、予防接種(ワクチン)がありません。感染を予防するためには、感染部位と粘膜や皮膚が直接接触しないように、性行為の際にはコンドームを使用することが重要です。ただし、コンドームが覆わない部分の皮膚などでも感染がおこる可能性があるため、コンドームを使用しても100%予防できるとは限りません。例えば口に病変がある場合には、キスだけで感染することもあります。そのため、皮膚や粘膜に異常があった場合には性的な接触を控え、早めに医療機関を受診し相談しましょう。

新宿駅前クリニックの泌尿器科では、「梅毒」の検査および治療を保険診療、もしくは自由診療でおこなっております。

「梅毒」の症状は、感染から「3週間後」、「3ヵ月後」、「3年後」の3期に分類しています。3週間後の〈第1期〉では、陰部・くちびる等の感染した部位に、小さなしこりや潰瘍ができ、少し遅れて股の付け根部分のリンパ節が腫れます。しかし、これらの症状は痛みや痒みが無く、放置しても2~3週間で消えてしまいます。感染しても、「何かあったけど、自然に治ったな」と勘違いしたまま、あるいは感染に気付かないまま、性交渉をしてしまい、知らず知らずのうちに感染拡大を引き起こしてしまうのです。くちびる等に「梅毒」の病変部分がある場合は、キスでも感染します。感染者とのコップや箸の使い回し、皮膚に傷のある状態での愛撫などでも感染します。だから、〈第1期〉が最も危険な時期とされるのです。

残念ながら「梅毒」は、一度治っても何回でも感染してしまいます。したがって、特定のパートナーがいるのなら、その人も血液検査をしなければなりません。自分だけ治療を行っても、パートナーが感染していたら、感染を繰り返してしまうからです。また、〈第1期〉の場合は、過去3カ月間に性的接触をもった全ての相手に、〈第2期〉の場合は、過去1年間の全ての相手に感染の危険性があります。本来は、これらの人も検査を受ける必要があり、それが本人のためでもあります。「梅毒」は初期段階で治療をすれば必ず完治する病気です。不特定多数との性行為や、性交渉の相手の皮膚や粘膜に異常があったなど、気になることがある人は早めに受診してほしいと思います。

抗生物質で治療可能です。しかし、梅毒は治療開始のタイミングによって、完治できるかが大きく変わります。治療の開始が遅れると生命にかかわり、治療も難しくなりますが、早期に発見できれば根治が可能です。